熊本地方裁判所 昭和55年(行ウ)6号 判決 1980年11月27日
原告 有尾五六
被告 熊本市長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和四五年一二月二二日付でなした換地処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 別紙記載の土地は、熊本市都市計画事業復興土地区画整理事業第一地区内にあつた。
2 原告は、仮換地指定後の土地である右土地を、昭和二六年五月二六日買い受け、所有権移転登記を経由した。
3 被告は、前記事業の施行者として、昭和四五年一二月二二日付で、原告に対し、別紙記載の土地を換地処分後の土地とし、徴収清算金額を一四万七七三五円とする旨の処分(以下「本件換地処分」という。)をした。
4 しかしながら本件換地処分は以下のとおり違法である。
原告は、仮換地指定後の土地を買い受けたのであるから、清算金の徴収は当該土地の売主に対してなすべきであるにもかかわらず、被告が本件換地処分において原告に清算金を賦課したのは法の解釈適用を誤つた違法がある。土地区画整理法には、清算金処分の相手方について直接これを定めた規定が存しない。最高裁昭和四五年(オ)第一一二四号同四八年一二月二一日第二小法廷判決(民集二七巻一一号一六四九頁)には、被告主張のような説示部分があるが、右部分は換地処分により所有権を取得した者が換地を処分した場合に、土地所有権の移転に伴い清算金に関する権利義務が当然輾転する性質のものではないことを説明するために述べられたものであり、しかも右判例の事案は、換地処分により所有権を取得した換地を第三者に売渡した売主がその清算交付金を事業者に請求した事案に関し、仮換地指定後換地処分前に当該土地を取得し換地処分を受けた本件事案とは事例を異にする。
よつて本件換地処分は違法であるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の事実は争う。
土地区画整理事業における清算金に関する権利義務は、土地区画整理法一〇三条四項の公告のあつた日の翌日において、整理事業施行者と換地処分のときにおける換地の所有者との間において確定する(同法一〇四条七項、一一〇条一項、前記最高裁第二小法廷判決参照)。すなわち、「換地計画において清算金を徴収されるべく定められた宅地」の所有者は、確定の日から施行者に対して清算金支払義務を負担するものである。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、仮換地指定処分の後換地指定処分がなされるまでの間に仮換地を目的とする売買がなされた場合においては、清算金の賦課徴収に関する処分は、売主に対してなすべきであるにもかかわらず、本件換地処分は買主である原告に対してなされたから違法であると主張するので以下この点について判断する。
一般に仮換地の売買において、清算金の徴収額を勘案せずに売買価格が定められている場合、すなわち売買価格が仮換地自体の価値によつて決定されている場合の徴収清算金については、当事者間においては、後記のように、公平の見地から、売主がこれを負担すると解すべきであるが、この場合において、さらに土地区画整理事業施行者に対する関係においても同様に解すべきか、言いかえれば仮換地指定の後換地処分がなされるまでの間に仮換地を目的として売買がなされた場合、施行者に対する徴収清算金の支払義務が売主、買主のいずれに帰属するか、徴収清算金に関する処分の相手方は誰であるかが本件の問題である。
そこで、この点についてみるに土地区画整理法一二九条は「……土地区画整理事業の施行に係る土地……について権利を有する者の変更があつた場合においては……従前のこれらの者に対してした処分、手続その他の行為は、新たにこれらの者となつた者に対してしたものとみなす。」と規定している。右規定は、土地区画整理事業の継続的運営を円滑ならしめるために、目的土地に関する権利主体に変動があつた場合、従前の処分手続等が新たな土地所有者その他の承継人に対しても効力を及ぼす旨定めたものである。右規定の趣旨によれば、仮換地指定の後換地処分がなされるまでの間に従前地の所有権に移転があつたような場合においても、従前の所有者に対してなされた処分、手続の効力は新所有者に及ぶとともに、施行者はその新所有者が当初から所有者であつたと同様に扱いその後の処分をすべて新所有者に対してなすべきことになるものと解される。このようにして、本件はなお土地区画整理法一二九条の適用の範囲内にあるものといわなければならない。このことは、さらに、(1)土地区画整理法一〇三条一項において、「換地処分は、関係権利者に換地計画において定められた関係事項を通知してするものとする」旨規定するところ、ここにいう「関係権利者」とは登記簿上の従前地の所有者、借地権者等をいうものと解され、徴収清算金の最終的負担者までこれに含むとは解されず、右規定にいう「関係事項」、すなわち各筆換地明細、各筆各権利別清算金明細等につき、各事項別に異なる相手方に換地処分の通知をする場合があることを法が予定しているとは思われないこと、(2)実質的な清算金支払義務者が誰であるかをいちいち審査したうえでないと換地処分の通知をなすことができないとすると煩にたえず、区画整理事業の施行に遅滞を生ずるおそれがあること(この点換地処分発効後に換地の所有権の移転があつた場合と事情を異にする。)などの点からも裏付けられるものである。結局、清算金の徴収額を勘案せずに売買価格が定められるなど売買当事者間においては最終的に売主が徴収清算金を負担すべき場合であつても、清算金に関する処分(それは換地処分の一部である。)はなお登記簿上の所有者である買主に対してなすべきものであり、これをもつて足りるものといわざるをえない。すなわち換地処分前の所有権移転の場合、清算金に関する権利義務は、当事者間においてのみ売主に帰属し、施行者に対する関係では買主に帰属すると解するのが相当である。
尤も、右のように解すると土地区画整理中の土地の売買で、当事者が仮換地を売買の目的として代金を定め(法律上は従前地の売買である。)、徴収清算金の支払義務の帰属について何らの特約もしなかつたような場合においても、買主が清算金を徴収されることになるが、そうすると買主は価値の大きい仮換地をそれに見合つた高額で買い受けたうえにさらに出損を強いられることになるのに対し、売主は価値の小さい従前地の代わりに価値の大きい仮換地を高額に売渡し、結局買主の損失において不当な利益を受けることになり不合理であるから、この場合公平の見地から清算金を徴収された買主は直ちに同額の金員を売主に請求できるといわねばならない。
なお、最高裁昭和四五年(オ)第一一二四号同四八年一二月二一日第二小法廷判決(民集二七巻一一号一六四九頁)は、「(土地区画整理事業による換地処分の確定後換地につき売買による所有権の移転があつた場合)買主の取得した清算交付金請求権は、売買当事者間において右清算交付金の帰属について特段の合意がなされないかぎり、売買の当事者間における関係のみならず、整理事業施行者に対する関係でも、買主に移転しないものと解するのが相当である。」と判示し、土地区画整理法一二九条の規定は換地処分発効後換地が譲渡された場合の清算金の交付の関係については適用がないとする。しかしながら、右は換地処分発効後に換地の所有権の移転があつた場合に関する判示であり、本件のように換地処分前に仮換地について所有権の移転があつた場合とはその前提を異にしている。すなわち清算金に関する権利義務は、土地区画整理法一〇三条四項の公告があり、換地についての所有権が確定するとともに確定的に発生するものであつて右判例の事案はその発生した清算金に関する権利義務の帰属が問題となつたものである。これに対し本件は清算金に関する権利義務の発生原因となる清算金に関する処分(それは換地処分の内容をなすものである。)そのものを誰に対してなすべきかの問題である。したがつて、前記結論は右判例の趣旨に反するものではない。
右のとおりであるから、本件換地処分には原告主張のような違法はない。
三 以上の次第で原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 弘重一明 江口寛志 松本芳希)
別紙<省略>